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東京高等裁判所 昭和58年(ネ)2167号 判決

控訴人 国 ほか一名

代理人 田中澄夫 吉村剛久

被控訴人 株式会社今町スチール

主文

一  原判決中、控訴人ら敗訴の部分を取り消す。

二  右取消部分につき、被控訴人の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴人らの各代理人はそれぞれ主文同旨の判決を求め、被控訴人の代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張は原判決の事実摘示と同じであり、証拠関係は本件記録中の各書証目録・証人等目録記載のとおりであるから、いずれもこれを引用する。

理由

一  控訴人田伏が、被控訴人に対する債務名義(長岡簡易裁判所昭和五二年(ロ)第一九一号仮執行宣言付支払命令)に基づく有体動産についての強制執行を新潟地方裁判所長岡支部執行官に申立てたところ、同支部執行官小倉広次(以下「小倉執行官」という。)が、昭和五二年八月二九日、被控訴人所有にかかる原判決添付の物件目録記載(1)ないし(5)の各物件(以下、一括して「本件物件」という。)を差押え、右各物件をそれぞれ五万円(合計二五万円)と評価のうえ、同年九月二七日の競売期日において、控訴人田伏に代金合計七万五〇〇〇円で競落を許可し、これにより被控訴人が本件物件の所有権を喪失したことは、当事者間に争いがない。

そして、<証拠略>によると、控訴人田伏の申立てた前記強制執行は、請求債権額(執行債権額)を五〇万六三五〇円とするものであり、昭和五二年八月二五日に受付けられたこと、小倉執行官は、右申立てに基づいて、同月二九日、新潟県見附市今町四丁目七番三号の被控訴人事務所で事務用品等四点(評価額合計三七万円)を差押えたうえ、更に同市今町柳橋所在の被控訴人の工場に赴き、本件物件の追加差押をしたが、右事務用品等四点に対する強制執行の申立ては同年九月二七日に取下げられたこと、右追加差押には、被控訴人の従業員田中博が立会つたが、同人は本件物件の価額について何らの意見も述べなかつたこと、他方、執行債権者として同差押に同行していた控訴人田伏は、小倉執行官に対し、本件物件を購入するには何千万円もかかつたようであるが、今は買手もなく、解体するほかない旨を述べたこと、そして、小倉執行官も本件物件はスクラツプとして売却するほかないものと判断し、本件物件について前記のとおりの評価(合計二五万円)をしたこと、被控訴人の前記工場で行われた本件物件の競売には、被控訴人側からの出頭者はなく、控訴人田伏以外の競買人もなかつたこと、なお、小倉執行官は、昭和三〇年に任命されたものであるが、本件物件のような機械装置等に対する強制執行の経験は全くなく、右機械装置等についての知識も持ち合わせていなかつたことが認められ、<証拠略>中、右認定に反する部分は信用できず、他にこれを履すに足りる証拠はない。

二  そこで、次に、本件物件の評価、競落に関する小倉執行官の過失の存否について検討する。

1  <証拠略>を総合すると、本件物件は、電気配線等の附帯設備を含め、スチール製機械類の塗装の用に供する一連の機械装置(以下「本件装置」という。)を構成するものであるが、被控訴人は、昭和五一年四月、本件装置を静電機工業株式会社から代金総額二〇〇〇万円で買受け、同年六月、被控訴人において賃借中の控訴人所有にかかる前記工場建物に据付けたうえ、昭和五二年四月ころまで使用していたこと、本件装置の耐用年数は短かくとも六、七年位であり、したがつて、前記強制執行の行われた昭和五二年八月、九月の時点において、本件物件の相当部分は移設して再使用することができないわけのものではなかつたが、右移設にはかなり多額の費用を要するばかりでなく、元来本件装置は、これを設置すべき建物の面積・構造、塗装対象物の形状、処理数等に応じ、個別的注文により製作され、納品されるものである関係上、既設の本件装置に対する需要はほとんど存在せず、右時点で本件物件を機械装置ないしその構成部分として売買し得る可能性は実際には皆無に近かつたこと、もつとも、本件物件(前記目録記載の各物件)を構成する部品中には、バーナー、フアン、ポンプ、攪はん機等、単品として転用可能なものがあり、それら物品の当時の価格(ある程度使われていたことは考慮していない。新品価格)は合計五六万円程度であつたが、そのような物品の中古品を取扱う専門業者は存在せず、これらも実際に転売することは極めて困難であつたこと、前記時点において、本件物件をそのままの状態でスクラツプ業者に売却した場合の価格は、一一万円を多少上廻る程度のものであつたことが認められ、<証拠略>中、右認定に反する部分は、<証拠略>に対比してたやすく採用できず、他に以上の認定を履すに足りる証拠はない。

2  右のとおり、本件装置は被控訴人が二〇〇〇万円を投じて設置し、使用期間も一年程度にすぎなかつたものであるうえ、通常人にはその時価を把握しがたいものであることが弁論の全趣旨により明らかであるので、これらの点にかんがみると、本件装置そのものは、本来、旧民訴法(昭和五四年法律第四号による改正前のもの)五七三条所定の高価品、若しくはこれに準ずる物品に当たるものといえないわけのものでもない。してみると、本件装置のような物件に対する強制執行の経験がなく、また、そのような物件に関する一般的知識もない小倉執行官において、前同条又は廃止前の執行官手続規則三二条による鑑定等を経ることなく、直ちに本件物件をスクラツプとして評価し、競売を実施したことについては、その作法・手順において慎重さに欠けるきらいがあることを否定しがたいところである。しかしながら、実際には、本件物件を機械装置ないしその構成部分として売買できる可能性が皆無に近く、本件物件を構成する部品を単品として転売することも、実際には極めて困難であつたことは前記認定のとおりであるから、かかる特別の事情のもとにおいては、結局のところ、本件物件はスクラツプとして評価するほかなかつたものといわざるを得ず、結果的にみて、小倉執行官の右評価方法に誤りはなかつたものというべきところ、その評価額(合計二五万円)も前記認定の当時の時価(一一万円余り)を上廻り、それが不当に低額であつたものということはできない。また、叙上認定の事実並びに、<証拠略>によれば、本件物件の競売にあたり、小倉執行官が控訴人田伏の競落を許さず、競売期日を続行したとしても、より高価な競買の申出があることは、とうてい期待できなかつたことが明らかであり、かかる事情のもとにおいては、右評価額ないし時価相当額にみたない代金(合計七万五〇〇〇円)による控訴人田伏の買受けの申出に対して競落を許した小倉執行官の措置は、右時価相当額と買受申出額との相違の程度等をも斟酌すれば、やむを得ないものとして是認できるというべきである。

3  したがつて、以上認定説示の事実関係のもとにおいては、本件物件の評価、競落につき、小倉執行官に過失があつたものとはいいがたいところ、本件全資料を精査しても、他に右過失の存在を肯認すべき事実関係を認めるに足りる証拠を見いだすことはできない。

三  そうとすれば、本件物件の評価、競落について小倉執行官に過失があつたこと、控訴人田伏がその言動により小倉執行官の右評価を誤らしめたことをそれぞれ前提とする被控訴人の控訴人らに対する本訴各請求は、爾余の判断に及ぶまでもなく、すべて理由がないものとして棄却を免れないといわなければならない。

よつて、原判決中、これと結論を異にし、右各請求の一部を認容した部分を取り消したうえ、当該取消部分の各請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 後藤静思 尾方滋 橋本和夫)

(参考)第一審(新潟地裁長岡支部昭和五三年(ワ)第二〇七号 昭和五八年八月二日判決)

主文

一 被告らは各自原告に対し金一五五万七、〇〇〇円およびこれに対する昭和五二年九月二八日以降右完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二 原告の被告らに対するその余の請求を棄却する。

三 訴訟費用はこれを一〇分し、その一を被告らの、その余を原告の負担とする。

事実

一 求める判決

(一) 原告

1 被告らは各自原告に対し金一、五〇〇万円およびこれに対する昭和五二年九月二八日以降右完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告らの負担とする。

3 仮執行宣言申立。

(二) 被告国

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

3 担保を条件とする仮執行免脱宣言。

(三) 被告田伏

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

二 主張

(一) 原告

「請求原因」

1 被告田伏は原告に対する債務名義(長岡簡易裁判所昭和五二年(ロ)第一九一号仮執行宣言付支払命令)に基づく有体動産の強制執行を新潟地方裁判所長岡支部執行官小倉広次(以下、小倉執行官と略称)に委任し、同執行官は昭和五二年八月二九日、原告所有の別紙物件目録記載の物件(以下、本件物件と略称)を差押え、同目録(1)ないし(5)の各物件をそれぞれ五万円(合計二五万円)と評価のうえ、同年九月二七日の競売期日において、被告田伏に代金合計七万五、〇〇〇円で競落を許可し、原告はその所有権を失つた。

2 本件強制執行が行われた昭和五二年八月、九月当時における本件物件の適正価額は合計二、〇六二万円であつた。

3 小倉執行官は本件物件の差押および競売に当つては、適正な価額に評価し、適正な価額で競売をすべきであるのに、これを怠り、本件物件が高価物もしくはこれに準ずる物であるにも拘らず、鑑定人に評価をさせず、前記のように評価を誤つたうえ、著しい低額で競売をなしたものである。

4 被告田伏は本件物件の差押に際し、小倉執行官に対し、本件物件はスクラツプ同様の無価値物であると述べ、その評価を誤らしめたものである。

5 本件物件に対する強制執行がなされた当時、小倉執行官は被告国の公権力の行使に当る公務員であり、本件物件の強制執行は、その職務上なされたものである。

6 原告は小倉執行官、被告田伏の不法行為により本件物件の適正な価額二、〇六二万円から競落代金七万五、〇〇〇円を控除した二、〇五四万五、〇〇〇円の損害を蒙つた。

7 よつて原告は被告国に対しては国家賠償法一条一項に基づき、被告田伏に対しては民法七〇九条に基づき、右損害二、〇五四万五、〇〇〇円のうち金一、五〇〇万円およびこれに対する不法行為の日(本件競売期日)の翌日である昭和五二年九月二八日以降右完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める。

(二) 被告国

「請求原因に対する認否」

その1は認める。

その2は否認する。本件物件を現状有姿のままで他に移動することは不可能であり、また解体して移動するにも多大の費用が必要であるから、本件物件の経済的価値はスクラツプ価値と同程度のものに過ぎなかつた。

その3は否認する。

その5は認める。

その6は否認する。

(三) 被告田伏

「請求原因に対する認否」

その1は認める。

その2は否認する。被告田伏は本件物件を競落後、これを訴外マルイ工業株式会社(以下、訴外マルイ工業と略称)に賃貸したが、訴外マルイ工業は一、〇〇〇万円をこえる多大の費用を投じてこれを修理した。これからしても、本件物件は差押、競売当時、スクラツプ同様のものであつたというべきである。

その4、6は否認する。

(四) 被告国

「過失相殺などの主張」

かりに小倉執行官に過失が存したとしても、原告は執行手続上の救済手続をとらなかつたのであるから、その蒙つた損害につき被告国に対し国家賠償の請求をすることはできず(最高裁昭和五七年二月二三日第三小法廷判決民集三六巻二号一五四頁)、また原告は本件物件の差押、競売に際し異議、意見を述べたりせず、執行手続上の救済措置もとつていないから、損害額の決定につき原告の右過失が斟酌されるべきである。

(五) 被告田伏

「過失相殺の主張」

本件物件の差押、競売に関し、原告には被告国主張のような過失がある。

「相殺の主張」

1 被告田伏は原告に対し昭和五一年七月、新潟県見附市柳橋町字千刈三二七番八の土地および同地上建物(工場)を賃料一か月三〇万円で賃貸した。

2 よつて被告田伏は本訴(昭和五八年五月二三日の第二一回口頭弁論期日)において、右賃料債権のうち昭和五二年六月分二〇万円、同年七ないし九月分九〇万円(合計一一〇万円)と原告の本訴請求権とを対当額で相殺する旨の意思表示をなした。

(六) 原告

「被告国の過失相殺などの主張に対する認否」

否認する。

「被告田伏の過失相殺の主張に対する認否」

否認する。

「被告田伏の相殺の抗弁に対する認否」

その1は認める。

三 証拠 <略>

理由

一 請求原因1は当事者間に争いがない(なお<証拠略>によると、本件物件のうち別紙物件目録(1)の装置の競落代価は三万円、同目録(2)の装置の競落代価は二万円、同目録(3)、(4)の装置の競落代価は各一万円、同目録(5)の装置の競落代価は五、〇〇〇円(合計七万五、〇〇〇円)であつたことが認められる。)。

二 以下、請求原因2について検討する。

<証拠略>によると、

1 本件物件はスチール製機械類の塗装、乾燥用機械およびこれに附帯する一連の装置であるが、原告は、昭和五一年四月、これら装置を訴外静電機工業株式会社から代金総額二、〇〇〇万円(但しこの代金のなかには配線工事費なども含まれている。)で買受け、同年六月、本件執行場所(新潟県見附市柳橋町に在る被告田伏所有、原告賃借の工場建物)に据付け、それ以来、昭和五二年四月頃までこれを使用していた。

2 本件物件の耐用年数は、少くとも六、七年位であるが、本件強制執行が行われた昭和五二年八月、九月当時、別紙物件目録(4)、(5)の各装置の解体、再組立、再使用は、経済的にみて不可能であり、かりに解体して売却したとしても、解体などの費用を控除すると、収支相償う程度(従つて右(4)、(5)の各装置の交換価値は零にひとしいもの)であつた。

3 しかし右時点において、別紙物件目録(1)ないし(3)の装置は、いずれもこれを解体して、他に運び、再組立して、再使用することは(物理的にも、経済的にも)可能であり、同目録(1)の装置の解体、再組立後の価額は一〇二万円位であるが、解体、運搬、再組立、修理などの費用約三〇万円がかかり(従つて(1)の装置の解体前の交換価値は七二万円位とみられる。)、同目録(2)の装置の解体、再組立後の価額は一六五万円位であるが、これにも前同費用約三八万円がかかり(従つて(2)の装置の解体前の交換価値は一二七万円位とみられる。)、同目録(3)の装置の解体、再組立後の価額は八五万円位であるが、これにも前同費用約一七万円がかかる(従つて(3)の装置の解体前の交換価値は六八万円位とみられる。)

ことが認められ、右認定に反する<証拠略>は、前記各証拠を総合すると採用できない(なお<証拠略>によると、訴外マルイ工業は昭和五三年一月、被告田伏から本件物件をその設置建物とともに賃借したが、本件物件の改造、修理などの費用として合計一、一〇四万〇、九三九円を支出したことが認められる。

しかし<証拠略>によると、従来、原告は本件物件を高さ八〇〇ミリメートル、幅五〇〇ミリメートル、奥行五二〇ミリメートルの閲覧記帳器の塗装用に使つていたが、訴外マルイ工業は高さ一、八〇〇ミリメートル、幅一、〇〇〇ミリメートル、奥行五〇〇ミリメートルのロツカーなどの塗装用に本件物件を使用するため(従来のものでは間口などが小さくて収容できなかつた。)、大々的な改造を必要とし、主としてそれに伴う費用として前記金額の支出を必要としたことが認められるから、右認定の事実に前記認定判断を左右するものではない。)。

ほかに前記認定を覆すに足りる証拠はない。

従つて本件強制執行が行われた昭和五二年八月、九月当時における本件物件の適正価額は(別紙物件目録(1)の装置は七二万円、同目録(2)の装置は一二七万円、同目録(3)の装置は六八万円、同目録(4)、(5)の各装置は無価値であるところから)合計二六七万円である、とみることができる。

三 以下、請求原因3について検討する。

<証拠略>によると、

1 小倉執行官は昭和五二年八月二五日、被告田伏から本件債務名義(執行債権額五〇万六、三五〇円)に基づく有体動産強制執行の申立を受け、同年同月二九日、新潟県見附市今町四丁目七番三号の原告事務所において事務用品四点(評価額合計三七万円)を差押え(但し昭和五二年九月二七日、この物件に対する執行申立は取下げられた。)、更に同執行官は右同日(八月二九日)、本件執行場所に赴き、本件物件の追加差押をなしたが、この差押には原告の従業員訴外田中博が立会つた。

2 本件物件の差押に際し、立会人の訴外田中は、その価額について何ら意見を述べず、右差押に同行した執行債権者の被告田伏は、本件物件は購入するには何千万円もかかつたが、今は解体するほかはなく、無価値に近い、という趣旨のことを述べ、小倉執行官も、本件物件は解体してスクラツプとして売却するほかはない、と考え、別紙物件目録(1)ないし(5)の各装置のスクラツプとしての価額を各五万円(合計二五万円)と判断、評価し、追加差押調書(<証拠略>)にその旨を記載した。

3 本件物件の競売は昭和五二年九月二七日、前記執行場所で行われたが、それには原告側からの出頭者はなく、競買人の出頭もなかつたので、小倉執行官は、被告田伏の別紙物件目録(1)の装置を三万円、同目録(2)の装置を二万円、同目録(3)、(4)の装置を各一万円、同目録(5)の装置を五、〇〇〇円(合計七万五、〇〇〇円)で買受ける旨の申出を容れ、その競落を許可した。

4 小倉執行官は昭和三〇年に任命されたが、本件物件のような装置に対する強制執行の経験は全く有していなかつたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

有体動産に対する強制執行においては、超過差押が禁止されているから(改正前民訴法五六四条二項)、執行官は差押物の評価をしなければならず、この評価額は差押調書に記載され(廃止前執行官手続規則二六条三号)、競落代価の決定をも事実上、左右するものであるから、差押物の評価は執行債権者、債務者の利害に大きくかかわる。

従つて執行官は差押物の評価に当つては、差押物が高価物である場合はもとより、差押物がこれに準ずる物である場合、そうでなくても、自ら評価が困難、不能な場合には、評価のための鑑定人を選任するなどして、差押物の適正な価額(時価)の把握に努めなければならず(改正前民訴法五七三条、廃止前執行官手続規則三二条参照)、また競売の実施に当つても、執行官は適正価額による売却に努力しなければならないことはいうまでもない(評価および競落代価が時価を基準とすべきものであることは、実価以下による金銀物の競売、相場以下による有価証券の換価が原則として禁止されているところからも明らかである。改正前民訴法五八〇条、五八一条参照)。

ところが、前記認定によれば、本件物件はその購入価額は約二、〇〇〇万円に近い高価な装置であり(また弁論の全趣旨よりすればその現価の把握は必ずしも容易ではないことが認められる。)、しかも小倉執行官はこのような装置については強制執行の経験を全く有していなかつたのであるから、その差押に当つては、適当な鑑定人を選任してその評価をなさしめるのが妥当であつたと思われるにも拘らず、同執行官がそのような措置をとらず、本件物件を装置としては交換価値のない、スクラツプ同様のものと即断して自ら評価をなしたことは前記認定のとおりであるから、スクラツプと同視しても不当ではない別紙物件目録(4)、(5)の装置を除く、同目録(1)ないし(3)の装置についての同執行官の評価(およびこれに支配された結果としての被告田伏への競落許可)は著るしく低額で不当であるばかりではなく、その評価に当り前記の措置をとらなかつた点において、不注意であつた、といわざるをえない。

四 以下、請求原因4について検討する。

被告田伏が昭和五二年八月二九日、本件物件の差押に際し、小倉執行官に対し、本件物件は解体するよりほかはなく、無価値に近い、という趣旨のことを述べたことは前記認定のとおりであり、また同被告が同年九月二七日、本件物件を総額七万五、〇〇〇円で競落したことは当事者間に争いがない(その個別の競落代価は前記認定のとおりである。)。

尤も同被告が本件物件の(購入価額はともかく)差押当時における価額を正しく知つていたことまでを認めるに足りる証拠はないが、他方、<証拠略>によると、被告田伏は昭和四三年頃から自動車修理業の一環として自動車塗装をも業としていたことが認められるから、同被告は塗装装置である本件物件についても若干の知識を有する者と思われていたと推測される。

ところで有体動産の差押に際しては、何人もみだりに執行官の差押物評価を誤らせるような言動をとつてはならぬことはいうまでもない。

従つて前記のような小倉執行官の無経験、被告田伏の職業に照らすと、小倉執行官の前記判断、評価にある程度の影響を与えたとみるよりほかない被告田伏の前記発言は、別紙物件目録(1)ないし(3)の装置に関する限り、誤つており、不当であるばかりか、軽率なものであり、これにつき同被告は過失の責任を免れない。

五 請求原因5は当事者間に争いがない。

六 昭和五二年八月、九月当時における本件物件の適正価額は合計二六七万円であつたとみうること前記のとおりであるから、原告は本件物件の競売により、右価額から競落代金七万五、〇〇〇円を控除した二五九万五、〇〇〇円の損害を蒙つたことになる。

七 しかし本件物件の差押に際し、原告側からはその従業員訴外田中博しか立会わず、同人は本件物件の価額について何ら意見を述べなかつたこと前記認定のとおりであり、また<証拠略>によると、本件物件の競売に際し、小倉執行官は原告事務所に赴き、競売に立会うよう求めたが、「立会うのは厭だ。」と立会を拒絶されたことが認められる。

もし本件物件の差押に際し、原告がその価額について意見を述べ、あるいは鑑定人の選任を求め、また競売にも積極的に関与し、場合によつては特別の方法による換価(改正前民訴法五八五条)を求めるなどしたとすれば、損害の発生は、相当程度、阻止できたのではないかと思われる。

従つて公正上、損害額の決定につき原告の右放任的態度を斟酌すべきであるから、前記二五九万五、〇〇〇円の六割(一五五万七、〇〇〇円)をもつて、被告らが賠償すべき原告の損害ということにする。

八 なお被告国は、原告は執行手続上の救済手段をとらなかつたから被告国に対し国家賠償の請求をすることができない、と主張するが、本件のような競売物件の極端な低額評価、売却に関しては、被害者側が執行手続上の救済手続を怠つたからといつて、国が賠償責任を全く免れるとは思われず、それは過失相殺によつて処理すべき事柄と解するのが相当である(被告国が引用の判例は競売物件の実体法上の権利関係を問題とすべき事案に関するものであり、本件とは事案を異にする。)。

九 また被告田伏は賃料債権による相殺を主張するが、不法行為によつて生じた債権を受働債権とする相殺は許されないから(民法五〇九条)、右主張は失当であり、採用することができない。

一〇 そうすると原告の本訴請求は一五五万七、〇〇〇円およびこれに対する不法行為の日(競売期日)の翌日である昭和五二年九月二八日以降右完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める範囲において理由があることになるから、これを認容し、その余の部分は失当ということになるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する(なお仮執行宣言を付するのは相当でないので、これを付さない。)。

(裁判官 上杉晴一郎)

物件目録 <略>

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